トレビの泉 と トレヴィの泉


Fontana di Trevi (1996年撮影)

大阪にトレビの泉があったことをご存知だろうか?いきなりローカルな話題で恐縮だが、1970年代の初め、「川の流れる三番街」として大阪キタの中心エリア阪急梅田駅に登場したショッピング街阪急三番街には、かつてトレビの泉があったのである。もちろん硬貨も投げ入れられていた。それがローマのトレヴィの泉のディテールを正確に模したものだったのかどうか、記憶は定かでない。どだい、私がトレビの泉を見ていたころ、ローマのトレヴィの泉のことはよく知らなかったのである。トレビ?テレビの兄弟?ぐらいの認識しかなかった子こどものころ、それでも、景気よく水が流れる地下街というのは、それなりに印象的な人工の都市風景であった。

長ずるに及んで、本家本元のトレヴィの泉について、いくばくかを知るようになったころ、それと相前後するかのように、阪急三番街のトレビの泉は姿を消した。たしかバブル期の終わりごろだったと思うが、それまでどちらかといえばクラシック路線だった阪急三番街は、故ベルナール・ビュッフェのプロデュースによるモダン路線に衣替えし、トレビの泉もなくなったのである。今は、イルカの動きになぞらえた水の彫刻のようなものがある。

さて、ローマ、トレヴィの泉。迫力のバロック彫刻群は、フェリーニ「甘い生活」 La Dolce Vita の名場面をあげるまでもなく、超メジャーな観光名所である。世界三大がっかり名所などというのもあるが、名所のツライところは、あまりにも露出しすぎ、イメージが増幅されすぎ、いざ実物に接したとき、拍子抜けされることが少なからずあることである。ひょっとすると、トレヴィの泉もややその可能性があるかもしれない。仰観的なアングルで撮られた写真などを見ると、さぞかし豪壮であろうな、と思うわけだが、実際には、狭い小路を抜けたところにいきなりひょこっと出現し、しかも、ややくぼんだ地点に位置するので、観客は、まずは見下ろす角度でこの名所と対面することになり、一瞬、アレ?という気分になってしまうのである。少なくとも、私はそうだった。そして、同様の第一印象を受けたという人も、少なくない。

それでは、がっかりするか、といえば、しないのが、トレヴィの泉なのである。水盤に近づき、水に手をひたし、勢いよく流れる水しぶきの音とエネルギーを間近に感じると、その豪奢な舞台の一コマに、自分も組み入れられたような気になり、あふれかえる人の熱気のただ中にありながら、しばし自分と泉だけの親密な空間にひたることのできる、甘い瞬間が訪れるのだ。そうして、熱気を帯びた全身をひとしきりしずめた後、後ろ向きにコインを投げて、またすぐ来ます、と誓いにも似た祈りを胸に、合掌する。いともたやすく、かくもマジメに、伝説にノセられてしまった自分を、少々可笑しく思いながら。
(2001/4/22)